関節リウマチの治療と妊娠について

かつては挙児希望の活動性関節リウマチ(RA)の女性は治療と妊娠のどちらを優先するか選択を迫られた時期がありました。 RA の標準治療薬となっているメトトレキサート(MTX)は催奇形性があるため妊娠計画の少なくとも 3 ヶ月前から中止して妊娠および授乳中の使用を避けなければなりません。このため妊娠を計画する時や妊娠・授乳中に関節炎が悪化して関節破壊と機能障害が進行してしまうことがありました。
最近 生物学的製剤(TNF 阻害薬)が普及して それを用いた RA 治療中の妊娠に関するデータが蓄積されつつありますが、流産・先天異常の発生率増加はないことから 投与を継続しながら妊娠を成功に導ける可能性が示されています。 また産後に RA が再燃して育児が困難になったり 次の妊娠をあきらめる患者さんもいます。しかし生物学的製剤(TNF阻害薬)は母乳への分泌も少なく 児毒性も認められていないことから 産後に関節炎が悪化した RA 女性でも有用な治療手段のひとつになりうると考えられています。

関節リウマチ(RA)は妊娠可能な年齢である 30~50 歳の女性に好発する疾患です。日本では第 1 子の平均出産年齢は 30 歳を超えており、今後は RA 発症後に結婚・妊娠を考える女性が増加すると予想されています。近年、 RA の治療は生物学的製剤が登場したことにより格段の進歩をとげました。 T2T という治療戦略で RA の予後も改善しつつあります(2011.05.11 の TOPICS 参照)。ゆえに挙児希望の RA 女性では治療と妊娠・出産の両立が今後ますます重要な課題になると考えられます。

1.関節リウマチが妊娠や児に与える影響

①RA では妊孕性(にんようせい/妊娠する力)が低下

アメリカやデンマークで実施された大規模調査によると RA 女性における妊孕性の低下が明らかになりました。

②RA 女性の妊孕性低下に関連する要因

高疾患活動性(不妊の頻度が寛解の人に比べて約 2 倍)、高用量のステロイド服用、 NSAIDs 服用、個人の選択(妊娠や育児に対する不安から妊娠を制限)が要因として挙げられていますが、喫煙・RA の罹病期間・リウマトイド因子陽性・抗 CCP 抗体陽性、サラゾスルファピリジン使用歴・MTX 使用歴は妊孕性低下と関連ないという結果でした。

③RA が児におよぼす影響

RA では早産・胎児発育遅延の頻度が高いという報告があります。さらにこれは重症の RA やステロイド治療を受けている女性に多いという傾向があります。RA 自体は児の先天異常に関連がありません。

Brouwer,J.,et al.:Fertility in women with rheumatoid arthritis:influence of disease activity and medication. Ann Rheum Dis.15:2014-2053,2014

舟久保ゆう:関節リウマチの治療と妊娠の両立 。 Jpn.J.Clin.Immunol,38(1)45-56,2015

Bowden,A.P.,et al.:Women with inflammatory polyarthritis have babies of lower birth weight. J.Rheumatol.28:355-359,2001

2.妊娠が RA に与える影響

メカニズムはわかっていませんが、 40~90%ぐらいの患者で妊娠中に関節症状が改善し 出産後 40~90%ぐらいの患者で関節症状が悪化していました。

Ostensen,M.,et al.:A prospective study of pregnant patients with rheumatoid arthritis and ankylosing spondylitis using validated clinical instruments. Ann Rheu Dis.63:1212-1217,2004

3.RA 治療薬が妊娠・児におよぼす影響

RA の治療薬として 非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAID)、抗リウマチ薬(DMARD)、 生物学的製剤、ステロイ ドなど多彩な薬剤が使用されることから 妊娠や児におよぼす影響が懸念されます。 薬の児への影響は催奇形性(妊娠初期、 14 週未満) と胎児毒性(妊娠中期以降) とに分けて考えます。 新生児の 100 人に 3 人は生まれながらに異常を持って生まれて来るといわれています。 つまり母親が妊娠中 薬を服用せず、 放射線も浴びず、 病気をしなくても 3%ぐらいは自然に発生するのです。 催奇形性のある薬というのは奇形を起こす頻度が自然の 3%より明らかに高いものを指します。

①NSAID,アセトアミノフェン(カロナール®)

NSAID はプロスタグランディン(PG)の産生を抑制して抗炎症・鎮痛作用を発揮します。 PG は排卵や着床、胎盤形成に関与しているので NSAID 使用によりこれらが阻害される可能性があります。NSAID を妊娠初期に用いると流産のリスクは 5.6 倍に増加し、 1 週以上継続して使用していると 8.1 倍に増加したという報告があります。妊娠後期の 32 週(8 か月)以降は PG 産生抑制により胎児の動脈管早期閉鎖をおこし、胎児死亡や新生児肺高血圧を起こす可能性があるので NSAID 使用は中止するよう推奨されています。アセトアミノフェン(カロナール®)は PG 合成阻害作用がないので妊娠中も比較的安全に使用できると考えられています。

②ステロイド

ステロイドは妊娠初期に使用すると新生児の口蓋裂をきたす危険性が 3~4 倍に増加し、妊娠中後期に使用すると胎児の発育遅延や母親に妊娠高血圧や糖尿病をきたす危険が増すという報告があります。プレドニゾロンは胎盤で不活化されやすいので児に対する影響は少ないと考えられ、妊娠中には胎盤通過性の少ないプレドニゾロンを 使用するのがよいとされています。

③メトトレキサート(MTX)

MTX は RA 治療の標準薬と位置づけられており、患者の多くが服用している薬剤です(2011.02.23 の TOPICS 参照)。
MTX 使用により流産のリスクおよび催奇形性作用があるため 妊娠中は使用禁忌です。日本において RA 女性・男性ともに妊娠計画を避けるべき期間は MTX 投与中および投与終了後 3 ヶ月間とされています。

MTX 以外の DMARDs

  • サラゾスルファピリジン(アザルフィジン®):これまでの使用報告から児にはほとんど影響がなく、妊娠中も安全に使用できると考えられています。
  • ブシラミン(リマチル®):海外データがなく 日本のデータのみだが、これまで有害事象の報告がないので 妊娠判明までは使用可能とされています。
  • タクロリムス(プログラフ®):胎盤移行性があるので妊婦には使用禁忌となっていましたが、先天異常の発生率増加はなく服用中断で症状悪化の事例もあるため、 2018 年7 月から妊婦への使用が禁忌から外れました。
  • レフルノミド(アラバ®):動物実験で催奇形性が報告され、妊娠中の使用についても安全性が確立していないので 妊娠中の使用は禁忌です。半減期が長い薬剤なので妊娠計画の 2 年前に投与を中止します。

⑤ 生物学的製剤(2010.10.15 の TOPICS 参照)

生物学的製剤の登場により RA 治療は飛躍的な進歩をとげました。妊娠を希望する女性では MTX の使用ができないので、生物学的製剤(ここでは TNF 阻害薬のみです) は挙児希望だがコントロール不良の RA 女性の薬物治療の選択肢となりうると考えられています。
臨床データが極めて少ないですが、妊娠前や妊娠初期の生物学的製剤(TNF 阻害薬)の使用による流産や先天性奇形発生率は非投与妊娠例や一般人口と比較して差がないことが海外の研究で報告されています。生物学的製剤は抗体製剤ですので胎盤通過性があります。エタネルセプト(エンブレル®)、セトリズマブぺゴル(シムジア®) は胎児への移行が極めて少ないことが動物実験および症例報告で示されており、妊娠中にやむを得ず生物製剤を継続する場合はこの両者が比較的安全に使用できると認識されています。 しかし妊娠中の母体を対象とした大規模な介入試験が存在しないので治療の根拠となる研究がありません。これを十分認識したうえでの治療方針決定が重要です。

Cush,J.J.:Biological drug use:US perspectives on indications and monitoring.Ann Rheum Dis.64:iv18-iv23,2005

舟久保ゆう:関節リウマチの治療と妊娠の両立。Jpn.J.Clin.Immunol,38(1)45-56,2015

関節リウマチ診療ガイドライン(一般社団法人日本リウマチ学会編集)2014、p101-102,p195-197

関節リウマチ治療におけるメトトレキサート(MTX)診療ガイドライン 2016 年改訂版(一般社団法人日本リウマチ学会編集)、p63-65

4.授乳期における RA 治療薬

出産後の RA は疾患活動性が増加することが多く、 薬物治療を継続しながら授乳することができるかが問題となります。
しかし 授乳期 RA 患者に対して有効性・安全性が確立された研究はなく、 倫理的にも今後行うのは困難と思われます。 したがって動物実験や数少ない症例報告から得られたデータから推測するしかありません。
授乳中でも比較的安全に使用できると考えられている薬剤は NSAIDs,プレドニゾロン、 サラゾスルファピリジン(アザルフィジン®)、 タクロリムス(プログラフ®)、 生物学的製剤(TNF 阻害薬) です。
しかしこれらの薬剤も有効性・安全性は確立していないので原則として DMARD と生物学的製剤は中止すべきです。 やむを得ず使用する場合はリスク(副作用) とベネフィット(効きめ) を十分考慮したうえで決定すべきとされています。

(2018.9.8)